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ケータイ電話をひろったら

 

第22回アンデルセンメルヘン大賞入賞作品

 

 三年生になってすぐ、四月の終わりのことだった。 小学校から帰ってくるとちゅう、団地の桜の木の下で、なにかが

光った。 いや、光ったような気がした。

 ドキドキしながら木の根もとをのぞきこんだ。 ねずみ色の小さな四角いものが、土にうまっていた。 そうっと、

よごれた桜の花びらや、葉っぱや、土をはらいよけると、ピカピカの ぎんいろにかがやくケータイ電話があらわれた。

 「すごいっ。これ、本物のケータイ電話だ!」

 

 ぼくは、ケータイ電話をもって、かっこよく、片手で開けたり閉めたりしてみた。 カチッカチッといい音がする。

それからケータイ電話をじっくりかんさつした。 色はちがうけど、お父さんのケータイ電話に、にている。

 早く交番にとどけなきゃ。 でも、ちょっとだけなら、もっててもいいかな。 だって、お父さんもお母さんもケータイ

電話をもっているのに、さわらせてくれないんだから。 ぼくだって、電話のかけ方はもちろん、メールだってできる

のに。 とりあえず家にもって帰って、それから交番にとどけにいけばいいや。

 そんな軽い気持ちで、ぼくはポケットにケータイ電話をつっこんで歩きだした。 ポケットの重みがなんだかうれしい。

オトナになった気分だ。

 

 家にはだれもいなかった。 お母さんは買い物に行っているようだ。 ぼくは、ケータイ電話をながめた。

ちょっとだけ、ちょっとだけ さわるだけなら、バチあたらないよね。

 ドキドキして、ケータイ電話を、そうっと開いた。 その時とつぜん、ケータイ電話から音楽がなりだした。

 「チャンチャンチャン、チャンチャンチャン・・・」

 窓ガラスがビリビリふるえるほどの大きな音。 ぼくは、思わずケータイ電話をおとしてトイレににげこんだ。

 

 でも、ケータイ電話は、ゆかの上でなりつづけている。 よく聞くとジングルベルの音楽だ。 

なんだか、きせつはずれで、だれもいないのに、はずかしくなってきた。

 ぼくは、おそるおそるケータイ電話をつかんだ。 画面には『おじいちゃん』の文字。

 『おじいちゃん』から電話?

 

 ぼくは、おじいちゃんを知らない。 二人とも、ぼくが生まれる前に死んじゃったらしい。

おじいちゃんって、どんな声だったんだろう。ふと、そんなことを思った。

 ケータイ電話の『おじいちゃん』の文字と、ぼくの心の中のおじいちゃんが、かさなった。

ふるえる指で、青い電話のマークのボタンをおした。

 

 「も、もし、もし・・・」

 「ああ、わしだ。 光が丘のバス停に、むかえに来てくれ」

 

 ケータイ電話は切れた。 なんだか、こわい声だった。 どうしよう。 電話に出るんじゃなかった。

ぼくがむかえに行ったらケータイ電話をひろったことが、ばれちゃう。 かってにもってきちゃって、おこられるだろうな。

どうしよう。

 こんな時にかぎって、お母さんはなかなか帰ってこない。

テレビをつけてみたけど、おちつかない。

ベランダに出てみた。 雨が降っている。 いつから降りはじめたんだろう。

 

 『おじいちゃん』は、かさをもっているのかな。かさがなかったら、雨にぬれて、つめたいだろうな。

『おじいちゃん』は、ぼくがむかえに行かなかったら、ずっと夜までまっているのかな。

ぼくがケータイ電話をひろわなかったら、だれかがむかえに来て『おじいちゃん』は今ごろ、へやであたたかいお茶を

のんでいるかもしれない。 もし、ぼくが、ケータイ電話をひろわなかったら・・・。

 

 ぼくは、ケータイ電話をにぎりしめ、かさを二本もって外へ飛び出した。 光が丘のバス停は、団地をぬけて

右にまがって坂をのぼると見えてくる。 バス停のベンチに だれかがすわっているのが見えた。

きっと、あの人が『おじいちゃん』だ。 まるいせなかが雨でぬれている。

 どうしよう。 ケータイ電話をぎゅっとにぎりしめた。 とにかく、あやまろう。

 

 「あ、あの、あの・・・」

 ふりかえった『おじいちゃん』のかおは、馬ににていた。 しわが、いっぱいあった。 やせているのに目だけは

大きい。 『おじいちゃん』はじろっとぼくをにらんだ。 どきんっとした。 こわい。 手があせで、びっしょりだった。

でも、あやまらなきゃ、そう思って 息をすった。

 その時、『おじいちゃん』は、にっこり笑った。 いがいにも、かわいいかおだった。

 

 「ぼうず、どうしたんだい?」

電話よりやさしい声だ。 ぼくは、すこしあんしんして、あせと雨で、ぐっしょりぬれたケータイ電話をさしだした。

 「ご、ご、ごめんなさいっ」

 そして、ケータイ電話をひろったこと、電話に出たことを、いっきにしゃべった。

 

                               *  *  *

 

 「おいおい、それは、わしじゃない。 わしは、だれにも電話をしとらんぞ」

『おじいちゃん』は口をポカンとあけている。 ぼくは気がぬけて、じめんにぺたんと すわりこんでしまった。

 「じつは、にもつは重たいし、かさはないし、だれかがむかえに来てくれると助かるなあとは思っていたんだが。

 まあ、わしには、むかえに来てくれるもんは、だれもおらんけどな。 どれ、わしに そのケータイ電話を

 見せてくれんか」

 

 『おじいちゃん』はケータイ電話のボタンをいろいろおしてみて、首をかしげた。

 「おかしいな。 でんげんが入らないぞ。 どうして電話がかかってきたのかな。 もしかしたら、だれかが、

 わしのために、ぼうずをよんでくれたのかもしれんな。 がっはっはっはっ」

 『おじいちゃん』はそう言って、雨でぬれたぼくの頭を、ぐしゃぐしゃっと、なでた。 『おじいちゃん』の手は大きくて

ぽかぽかとあたたかかった。

 

 

 それから、ぼくは、『おじいちゃん』といっしょに、ケータイ電話を近くの交番にとどけに行った。 おまわりさんは、

ケータイ電話をあずかってしらべるので、なにかわかったら れんらくしますね、と言った。

ぼくが、住所と名前を書いている間、『おじいちゃん』はよこで、ずっとにこにこしていた。

 帰る時、おまわりさんに、

「おじいちゃんと、仲がいいんだね」

と、言われた。 うれしいような、くすぐったいような気もちになった。

 

 それから、ぼくと『おじいちゃん』は、ならんで、かさをさして歩いた。 にもつも一つもってあげた。 ぐうぜんにも

『おじいちゃん』は、ぼくと同じ団地に一人で住んでいた。 『おじいちゃん』は、ぼくがむかえに行ったのが、よほど

うれしかったのか、ずっと 

 「がっはっはっはっ、がっはっはっはっ」

と笑っていた。 天国のおじいちゃんたちも、こんなかおで笑っていたのかな。

 

 「ぼうず、たすかったよ。 おれいをしなくちゃな。 なにがいいかな?」

 『おじいちゃん』の家のげんかんの前で、そう言われた時、ぼくはおもいきって言ってみた。

 「ときどき、ぼくのおじいちゃんになってくれる?」

 

 すると、『おじいちゃん』は

 「わしでいいのかい? そりゃ、うれしいおれいだなあ。 わしはいつでもオーケイだぞ。 がっはっはっはっ、

いつでも、ここにあそびにおいで。 がっはっはっはっ」

と、大きな口をあけて笑った。 それから、また、ぼくのあたまを、ぐしゃぐしゃっとなでてくれた。 

 

                                  *   *   *

 

 それから『おじいちゃん』は、時々ぼくのおじいちゃんになって、いっしょにあそんだ。

『おじいちゃん』はぼくに、しょうぎを おしえてくれた。  だから、ぼくはかわりに『おじいちゃん』にテレビゲームを 

おしえてあげた。  おどろいたことに『おじいちゃん』は、なかなかうまい。  しんけんにやらないと、ぼくが まけて

しまうほどだ。

 

 『おじいちゃん』の家は、がらんとしていた。  小さなぶつだんには、お母さんより少し年をとった女の人のしゃしんが いつもかざってある。 『おじいちゃん』のおくさんだ。 もう十年も前に なくなったそうだ。

 それから『おじいちゃん』はずっとここで、ひとりですんでいる。

 「わしらには、子どもがおらんから、まごのことまで考えたことがなかったが、まごもいいもんだな。なあ、ばあさん」

 『おじいちゃん』はそう言って、おくさんのしゃしんを、シャツのそでで ふいた。

 

 

 

 一か月くらいたって 交番かられんらくがあった。 ぼくは『おじいちゃん』といっしょに 交番に出かけた。 

あのケータイ電話は、やはりこわれていた。 もう使えないからと、だれかがすてたようだ。

 

 「でも、ジングルベルの音楽が流れて、電話がかかってきたんです! むかえにきてくれって」

と、ぼくが言うと

 「そうかあ、もしかしたら、このケータイ電話、サンタさんがすてたのかな」

と、おまわりさんは笑った。

 「うんうん、きっとサンタさんが、ぼうずとわしを 会わせてくれたんだな。 がっはっはっはっ」

と『おじいちゃん』も笑って、また ぼくのあたまを、ぐしゃぐしゃっと なでた。

 そんなことあるわけないじゃん、と思いながら、ぼくも いっしょに笑った。

 

                          ☆    ☆    ☆ 

 

 でも、その夜、ゆめをみたんだ。 『おじいちゃん』と、会ったこともない天国のおじいちゃん二人と、ぼくの四人で

トランプをしていた。 おじいちゃんたちは、ずっと笑っていた。 そして、ぼくのあたまを かわりばんこに、ぐしゃぐしゃっと なでた。

 

 朝、おきても おじいちゃんたちの手のあたたかさが、あたまに のこっていた。

 もしかしたら、あの電話は、天国のおじいちゃんたちからのプレゼントだったのかもしれない。 ぼくは、パジャマを

ぬぎながら、そんなことを考えていた。

 

 そういえば、天国のおじいちゃんはふたりとも、とても せっかちだったって、お母さんが言ってたっけ。

 そうか、あの電話は、天国のおじいちゃんたちからの、ちょっとだけ早いクリスマスプレゼントだったんだ。

 

 まどをあけると、太陽の光があつい。 もうすぐ、ぼくの大好きな夏がやってくる。 『おじいちゃん』といっしょの

はじめての夏。 かんがえただけで楽しくなる。

 空のむこうから、天国のおじいちゃんたちの笑い声が 聞こえたような気がした。

 

                                                                おわり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

この物語を書いた当時、携帯電話がかなり普及してきた頃でした。

デジタルな携帯電話で、アナログの世界を表現したいと思ったのがこの話を書くきっかけです。

アンデルセン大賞ではギリギリ入賞させていただきましたが、

審査委員長の作家の立原えりか先生に、

「今の時代、知らないおじいちゃんと仲良くなっては危ないです」と言われました。ごもっともですm(__)m

 

 

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